「クレヨンしんちゃん」とは
みなさんこんにちは!
長きにわたり、子どもから大人までに根強い人気で放送されている「クレヨンしんちゃん」。
『クレヨンしんちゃんとは』
放送開始当初から、「クレヨンしんちゃん」が子どもに良くない、影響が悪いということは、たびたび耳にしてきました。
私は、クレヨンしんちゃんの放送が始まったころはまだ10代後半。
なのでその頃子どもを授かっていない自分としては、見始めるとすんなりとしんちゃんの世界を楽しむことが出来ました。
しかしそれでも、初めは話に聞くしんちゃんのキャラクターがあまりにもぶっ飛びすぎていて、観る前から大人たちの批判はよく耳にしていたため、「あー、良くないアニメなんだな」という先入観を持っていたことは事実です。
それは、当初から大人が躍起になって論争していた「しんちゃんは教育は悪い」、「しんちゃんを子どもに見せると下品なことや言葉遣いをマネし、将来ろくな大人にならなくなる」という意見があったからです。
「クレヨンしんちゃん」は当初、大人たちの間でバッシングの嵐に
しんちゃんは自分の母親に対して「みさえ~」と呼び、外でもどこでもお尻を出して「ブリブリ星人」とふざけていたりします。
最近では「かあちゃん」と呼んでいますが、始まった当初は、この母親に対して5歳時のしんちゃんが呼び捨てで呼ぶことが原作でも多く、これが特に話題となり、世間でかなりのバッシングを受けていました。
そして、幼稚園の先生や町中の大人に対しても、子供らしからぬエラそうな振る舞いや、生意気だったり下品な言葉遣いを連発しているため、しんちゃんは教育上良くないアニメとして大人が昼夜問わず議論する番組まで現れていました。(今思えば真面目にアニメに対して大人たちが討論してるのを想像するとおかしく感じますが☺💦)
それだけ話題性がありインパクトの強い「クレヨンしんちゃん」は、大人からの批判を受けながらも、アニメや映画化、漫画の連載はもとより、CMとのコラボ、おもちゃやゲームとのコラボ、学習向けにした本の出版、他国での放送など、当初の批判をものともしない勢いで今でも大人気となっています。
アニメ「クレヨンしんちゃん」を初めて観たときの感想
観る前からの大人たちによる、洗脳に近いとも言える先入観を植え付けられた(と思っていた)私は、当初はこの生意気な話し方や振る舞いをするしんちゃんを、どこかで耳にするたび、また目にするたびに正直言うとあまりいい気分しませんでした。どちらかというと「生意気なガキが!」と、アニメのキャラなのに妙にイラッとしてしまっていたんです💦(しんちゃんファンの方すみません)
もし、実際にしんちゃんみたいな子どもが突然「よっ!」と声をかけてきて、人のやることにいちいち干渉したり、的確なダメ出しをしてきたりため口聞いてきたら、おそらく癪に障るに違いない(笑)と思います。
しんちゃん演じるアニメの声優さんの独特な声も、生意気さが余計に醸し出されていますね。今となってはあの声以外のしんちゃんは考えられないほどマッチしてますが。
そんなある日私は、10代の気まぐれなのか、理由はわからないがこの大人からの先入観を打ち破って、アニメを見てみることにしました。
そして観始めた途端、しんちゃんの世界に夢中になり、もうおもしろおかしくてたまらなくなりました。
アニメ「クレヨンしんちゃん」の魅力
観てみると、しんちゃんはとても魅力が詰まったアニメであることが分かったんです。
クレヨンしんちゃんの魅力は、例えば
- 生意気な言葉遣いはあるが、それ以外にしんちゃんには、ほっこりさせられることや、根はやさしいしんちゃんのキャラクターが、エピソードにきちんと盛り込まれている
- 友達とのやり取りも、観ていてイラ立つところも多少あるものの、最後にしっかりと納得のいく爽快感ある終わり方で落としてくれる
- 10~15分という短い時間で、4コママンガの王道のように、起承転結がしっかりと成り立っている
- しんちゃんはとても友達思い、家族思いなのが見ているとわかり、家族のエピソードは思わずほろりとする話がとても多い
- 強烈なキャラクターたちは、日常に当てはめてみると、意外と身近な存在の人が出てきて、人間の本質的な部分が強調され、そのキャラクターに親近感が沸いてくる
特に、強烈キャラに関して言えば、しんちゃんの母親みさえは、主婦の本質をついた行動や考え方ばかりだし、まつざか先生のスペックの高い男を求める貪欲な性格と、子どもに対してつい出てしまう本音は欲望に忠実な面がとても人間臭いので頼もしい存在。
またセールスレディで、実績だけに目がくらんで、主婦をターゲットに商品を売りまくろうとする売間久里代(うりまくりよ)など、たまに登場するキャラも誇張された面白さで強烈な個性を放っています。
それが大げさなキャラとして登場してきたときは、日常の出来事なのに、今回はどんな事をやらかすんだろうかと妙にワクワクしてしまうのです。
クレヨンしんちゃんの世界にイジメは存在しない
そして、クレヨンしんちゃんの世界には、いじめっ子がほとんど出てこない、というのも特徴的です。
ここが、世間にはあまり触れられていない部分だと感じます。
唯一、しんちゃんの中で思い付く「いじめっ子」というと、「チーター」というタンクトップのキャラの男の子がいます。
その子は、しんちゃんとは同じ幼稚園でも一年上の年長さん。威張って仲間を引き連れしんちゃんをバカにしたような言い方をしてきますが何やっても肩透かしばかり食らってしまうのです。
そして、いつも話の終わりには、結局しんちゃんに振り回されたというオチが待っています。
大体これがお決まりのパターンとなっているため、イジメが誇張されることなく視聴者も逆にスカッとした気持ちになるのです。
しんちゃんにはイジメが基本的にない世界、それは個々の自由を表していると思います。
大人から見たら、そんな自由奔放で、言葉遣いや振る舞いがきちんとしていないしんちゃんのことを、見過ごすことが出来ないのかもしれませんね。
しかしイジメがないとはこういうことなのでは、とも感じます。
しんちゃんから学ぶ、イジメのない世界とは
どんな個性を持っていても、イジメられずそのキャラを突き進み、周りはそのキャラクターを尊重し受け入れる、これが本当のイジメのない世界。
しんちゃんの世界はそういう世界で成り立っているのです。
これを大人たちは、言葉遣いとしんちゃんの振る舞いのみにフォーカスして、日夜論争していました。
これは言わば、大人による「しんちゃんイジメ」をしていると言って他ならないでしょう。
アニメだからと言って、まだ5歳児のしんちゃんを寄ってたかって否定していいはずがありません。
しんちゃんを観ていた世代の子供たちはどんな大人になった?
ところで、しんちゃんを観ていた子どもたちはどんな大人に育っているのでしょう?
子どもは幼児のころから、大人の言う事やアニメでのマネごとをして育ちます。
それが、大人になっていくにつれて、たいていの人は年齢に合わせて別のことに興味がいき、言葉遣いも年齢に見合ったものや、その時流行った言葉遣いへと変わっていきます。
実際に大人になってもずっと「オラさ~、」とか「みさえ~」とか「ブリブリ星人~♪」とかやっている人など見たことありません。
しんちゃんの言葉遣いは、我が家の子どもたちもよく真似をしていました。
しんちゃんがアニメであることはわかっていたし、日常でしんちゃんの言葉遣いを使って実際に私も注意することは確かにありました。
しかし、基本的にアニメのマネは、一時的なお遊びと同じです。
仮面ライダーなどの戦隊ヒーローモノの決め台詞を言うのと同じような感覚であると言えます。
私としては、自分の子どもが普段から、いじめられているのび太であるよりも、しんちゃんのようにわが道を行く「ブリブリ星人~」などといってやり切ってる子どもでいてくれる方が安心です。
それに、子どもにも空気を読む力はある程度備わっています。
多少空気が読めない場合はあっても、そこは大人の度量の方が本来試されるべきであり、場をわきまえる躾をしていけばいいこと。
「きちんとしろっ!」とか「うるせーっ」ってその場で怒鳴って終わりというのは教育ではありません。
なので、一時的に良くない言動を真似たとしても、それが人間形成にまでつながっていくかというと、そうではないと言えるのです。
しんちゃんの言葉や振る舞いをマネた子どもを、本気で怒る大人というのは、おそらく自分が恥ずかしい思いをしたくない自己保身のために怒っていると考えられます。
子どもにバカにされたような、舐められているような気分になるからでしょう。
でもそれは逆にその子は痛いとこを突く頭の回転が早い子と言えるでしょう。その頭の良さは長所として大人なら誉めてあげるべきなんです。
まとめ
長くなってしまいましたが、結論を言うと「クレヨンしんちゃん」は、教育上良くないアニメではないです。
むしろ「クレヨンしんちゃん」は、各キャラクターが個性豊かでそれぞれの個性を尊重し、イジメのないやさしい世界で成り立っています。
もちろん現実世界では言葉遣いやマナーのしつけは必要ですが、そもそも一人一人の個性を尊重しながら人間同士、仲間と共存していくという、しんちゃんのやさしい世界は、これからの子どもたちにも大いに学んでほしい世界だと思います。
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